人を見抜くということ

よく見る よく聞く よく話す

たくさんの人と会う

偏見と先入観の無い接触 と 経験に裏付けられた予想

本質を見る 中身を見る 方向性を見る

人なんて見抜けたら面白くないけど 見抜けるはずないけど

いい人にあったら この人はいい

とすぐに思えるようになりたいものだ


社会の階層

ネイティブアメリカンのアーティストに会う機会があった

多民族国家をうたいながらもけして平等ではない国

誰が最初に住んでいたか などという問いは不毛だろうが

今置かれている社会構造を把握し、動くことは重要だと思った

社会構造をアートに落とし込み、対比的に見せる展示

しかしその展示自体が既に構造の一部であるということ

社会構造の階層は複雑だ

ゆっくり急ぐ

派手でも儲かるものでもまったくないが、ちょっと面白そうな企画が動き出しそうだ

でもこれはすごく長期的なものだ

何かが動き出す瞬間というのは独特で新鮮な清々しい空気がある

でもこの瞬間の鮮度をどれだけ維持しながら進められるかが重要で難しい

善は急げ

急がば回れ

善は急がば回れ

このバランスが難しい

トリエンナーレ

昨日、現在来福中で紺屋滞在中の絵描き淺井裕介くんと、福岡アジア美術トリエンナーレに行った

そして思った

トリエンナーレってなんだろう

今日本全国トリエンナーレブームだ

福岡でも福岡アジア美術トリエンナーレが開催中

トリエンナーレという言葉に対するイメージがだいぶ変わって来ている

トリエンナーレというと、地元密着 大規模 アートイベント と言ったイメージが強い

でも別にトリエンナーレはそうじゃないといけないわけではないはず

アジア美術館でのアジトリの展示内容は凄く良かった 見応えがあった

でもトリエンナーレという言葉から受けるイメージのせいで、損していると思った

言葉が持つイメージというのは怖い

しかも大衆化・一般化されてからのイメージは、本来の意味とは別の意味になっていて、
使用に気をつけなければならない

だからこれまで一度も僕はリノベーションという言葉を使って来なかった。

リノベーションという言葉にもたれているイメージはもはや価値が無いものになっている

使えば使うほど損をする

メディアや広告業界が好んで使っている言葉には注意した方がいい