日本人は本当に偉い? / no.d+a

今回の震災で、暴動も大きな混乱もなく、秩序を維持したということが、海外メディアから取り上げられ、日本と日本人が再評価された。
これ自体は確かに素晴らしいことだし、正確には東北の方々が素晴らしかったわけで、それにはこちらも頭が下がる思いだ。
ただし、日本人は素晴らしい、には若干の懐疑心を感じるのも正直なところ。
少なくとも自分はそんなに素晴らしいものではない自信?がある。
むしろ、大災害とはいえ、他国の災害に対して、あれほど追悼の姿勢と支援の行動をとれる他国の方が凄いと思う。最貧国と言われ、たいした国交もないアフガニスタンからでさえ、支援表明があった。
しかし、果たして、例えばアフガニスタンで同じ災害が起こっていたら、日本人は、自分は、同じような追悼の意と支援ができていたか。福岡から見れば距離的には東北より近い釜山で同じ災害があったら、東北に対するのと同じような気持ちを抱き、行動をとっていたか。
はっきり言って残念ながらその自信はない。
日本が秩序を守れたのは、誤解を恐れずに言えば、しがらみが抑制したのだけではないのか。個々の道徳心や教養、責任からだけと言えるのか、わからないのではないか、と思ってしまう。なぜなら自分の実感がそうだから。
実感昨日起こったアメリカでの竜巻に対しては、東北ほどの思いが持てなかった。
それが、いわゆる日本人であるがゆえの、「世間」という感覚によるものなのか。
とにかく、ほとほと自分の小ささには情けなくなる。

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八日目の蝉の帯の話 / no.d+a

八日目の蝉という小説が、映画化された後、その映画の世界観を表現した帯を付けると、売上が2倍になったという話。
その帯というのは一見するとカバーと思うほど、本を覆っている。逆に言えば2mmだけ本体より小さくすれば帯であることを逆手にとった広告戦略の勝利の事例だ。
でも、正直、そういう広告代理店的臭いがプンプンするものが文学にまで侵食していることに、ガッカリしてしまう。そんなに読者の見る目は無くなってしまったのか。
ACのCMが、生命保険会社や証券会社のCMとまったく変わらないことも含め、今回の震災を機にそうした広告業界の病んだ体質が変わらなければ、正直何も変わらない気がする。
自分に置き換えて言えば、広告代理店的仕事が来たりそういう立場になった時に、勇気を持って否定したり是正したりできるかどうかが問題だ。

from I-phone

阿倍野パウダールーム完成しました / no.d+a

阿倍野Q's mallという再開発系商業施設内にあるパウダールームのアートワークがこの度完成しました。
(Q's mallのオープンは4月26日です http://qs-mall.jp/

この物件は、2009年から動き出していたプロジェクトで、
絵描き淺井裕介を中心に、no.d+a、アラタニウラノ、の3者チームで取り組み、
実に1年半かかりました。
(淺井裕介は、紺屋2023の通路床の作品の作家です)

淺井くんの植物のドローイングに囲まれた「マンゲキョウ」というコンセプトの部屋です。

今回のアートワークは、淺井裕介としても様々な初の試みとなりました。
これまでは、既にある建物や部屋、場所、壁、にドローイングすることが多かったのですが、
今回は内装計画の段階からの参加でした。
インテリアデザインとして、パウダールームという機能を満たしつつ、部屋全体が淺井裕介のアートワークで満たされることを意識し、お互い色々検討・試行錯誤を重ねながら進めました。
全体としては、床に淺井裕介のドローイングが焼かれたタイルが並べられ、壁と天井にはアクリル絵具(淺井くんがアクリル絵具を使うとは!)によるドローイング、鏡にはカッティングシートによるドローイングが描かれています。
それらが映り込み合って増殖するような仕掛けとして鏡が部屋の中央に並んでいます。

ただ、このアートワーク。
部屋の機能がパウダールームということで、4/26のオープン後は男子禁制になってしまい、
男性は見ることが出来ない部屋です。淺井ファンの男性の方は写真にて我慢下さい。

女性の方でご興味のある方はぜひお近くにお立ち寄りの際にご覧下さい。
ポイントカード会員になると入る事ができます

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義援金と復興財源、個人と法人、の話 / no.d+a

東日本大震災から早くも1ヶ月
余震や原発、停電などの問題が続き、復興への推進力をそいでいる

それでも、日本全国、そして世界から、励ましのエールと支援が届き、
多少なりとも被災した人たちの助けになっていればと切に願う

義援金に関しても、著名人や企業からあいついで寄付の表明があがり、
いつどのように届くのは詳しく分からないが、被災した人々の生活復興の助けになるのではないかと思う。
政府も、原発の対処に追われながらも、徐々に復興への政策をまとめはじめた

とにかく一日でも早い震災の復興と原発の収束を願うばかりだ

さて、政府が補正予算を組み、その財源をどこからまかなうかという議論が各紙でも取り上げられている

そんな記事を読み、色々な人と話をする中で、最近知ったことがある

それは義援金と税金控除の話

通常でも寄付は一部税金が控除されることになっているが、今回のようなケースでは特別にその控除の上限を高く設定されている
法人からの寄付に関しては全額必要経費として認められるそうだ

ということは、だ

要するに法人からの寄付は、ざっくり言えば本来国に納められる予定だった税金が義援金にまわされる、ということになる
それはつまり、税収がその分減るということだ

さてしかし、国は国で、復興の財源をどうしようかと苦悩している
あの補正予算は、それら企業からの義援金は含めないで、算出されたものだ
国債の発行や、日銀の特別措置など、案は様々だが、とにかく苦しいことに違いはない

そうでなくてもそもそも減っていた税収だったわけだが、
皮肉な事に企業が義援金に回せば回すほど、ますます減って行く

そうなると自然と、復興特別税、という話だって浮上する
広く国民からいつもより多く税金を集めよう、ということだ

この話はなかなか複雑でナイーブだ

義援金は被災者の生活復興のための資金となる
復興財源はまちの機能復興のための資金となる

どちらも被災地復興のためにはかかせない

税金控除やそういった特別措置を低く設定すると、税収は増えるが、義援金が減る

でもそもそも控除があるかないかで寄付を決めるべきではないのではないか
は理想論で、やはり実際は減るだろう
それでは被災者にとって苦しい 
それに企業としても国に税金納めるよりも義援金の方が積極的に出すだろう

ここで、
ん??
待てよ
と思った点がある

それは、企業は、例年払っている税金を義援金に回すだけだから、別に例年と出すお金は変わらない、ということだ。

それは本当に支援と言えるのか、とも思うが、やはり寄付は強制できるものではないし、控除上限を低くしてもその分だけさらに義援金を寄付するかは、正直怪しいところかもしれない

それにここで他にもう一つポイントなのは、個人での寄付の場合、全額控除にはならないということだ
通常の寄付よりは高い割合が認められるそうだが、とにかく全額ではないらしい

つまり、例えば企業はその年に払いそうな税金に近い額を義援金にまわせば、かなりの税金を払わなくて済むようになるが、個人は義援金を払いつつ、かつ税金も払うことになる

う〜ん、なんだか釈然としない

法人が税金の予定だったものを義援金としてまわす

税収が減る

税金が高くなる

個人が税金を払ってまかなう

法人を「人」として扱うなら、なんだか変な感じだ

被災地を復興するためには財源が要る
国をあげて復旧しなければならない
その時頼りになるのは「大きな人」としての「法人」ではないのか

しかし、「法人」という人は「個人」が構成している、と考えればまた違うのか
法人は経済活動における架空の「人」
こういう復興はやはりリアルな「個人」みんなでやるべきだ
という風にも考えられる

法人っていったい何なのだろう

なんだかよく分からなくなってきた

理想は、義援金も多くなり、復興財源のための税収も減らない、というしくみだが
これは難しいのだろうか
個人が個人を助け、法人が(政府を通して)まちを助ける、では駄目なのだろうか

いずれにしても、個人での寄付、と、法人での寄付、は違うということ
ソフトバンクで寄付するのと孫正義で寄付するのとは意味が全然違うということだ
石川遼の1億と企業の1億は全然意味が違うということだ
そこをしっかりふまえて、今行なわれている支援活動を見、考えたいと思う




ジレンマから難民、そして自分の浅さまで / no.d+a

先週末は、いい意味でも悪い意味でも、いや、いい意味で色々あった週末だった。

まず土曜日。

北九州にて開催されたリノベーションシンポジウム北九州の第2部登壇者として参加した。
ありがたいことにこれまで様々なところから声をかけて頂いて延べ約30本ほどのシンポジウムや講演会に参加させて頂いて来たが、今回のは過去に類を見ないぐらい残念なシンポジウムだった。
正確には自分が登壇した第2部が残念だった。準備段階から当日の段取り・会場構成、そして進行と、仮に学生が主催してもこれほどひどくはならないだろう、というぐらい不足していたからだ。
細かく言い出すと切りがないし、そんなことを言っても始まらないので、止めておくが、
1つだけ様々な社会に通じるジレンマを感じたので、その部分を取り上げる。

第2部は全部で1時間半の予定だった。
登壇者は8名。
最後にディスカッションの時間を20〜30分ほどとるため、一人の持ち時間は10分ほど。
テーマは「地域からはじまるリノベーション」とあったが、まあ要するに各自が事例を紹介する会ということ。
各自は自分たちのやっていることを発表せよ、と言われていた

さて、色々なシンポジウムを聴講したことのある人や、自らシンポジウムを開催したことのある人、またはモデーレーターやパネリストとして参加したことのある人であれば、上記条件を見れば、だいたいどういう会になるかご想像がつくのではないかと思う。
要するに各自が持ち時間を3分でもオーバーすれば、ディスカッションの時間は完全に無くなり、ただの発表会になるのでは、ということだ。
3分なんて、話していたらあっという間だ。それも話したがりの建築の人たちだ。越えるに決まっている。
その上各登壇者の事例を見ればとても10分では足りないことも分かっているし、仮にオーバーして13分話してもほんの触り部分しか話す事ができない。
とても理念の話には踏み込めない、浅い内容になりそう、誰しもそう思うのではないだろうか。

結果はというと、残念ながら期待は裏切られなかった
登壇者によっては20分話す人もいて、当初伝えられていた1人8分の持ち時間を守ったのは、僕の師匠である青木茂氏と僕だけだった。
そのため、ディスカッションの時間が無くなったどころか、第2部自体が制限時間の1時間半を30分もオーバーしてしまった。

ジレンマはこの中で感じた

モデレーターという段取り・進行役から最初に「1人8分」と伝えられた
それを2名は守り、6名はオーバーした。
この6名は本来何らかの不利益を被るはずだが、
しかし実際は、たくさん話せたその6名が参加した利益をより得られた。
ということは、守らない方が得をする、ということになる。
守る、という選択には何の意味も無くなってしまい、どんどんオーバーした方が良くなる。

わずか1時間半、いや2時間の中の話だったが、ここには様々なジレンマが隠れている。

人が生存競争をする「生物」という視点では6名が正しい。
生物的本能に純粋に従っている。
人が共存共栄をする「人間」という視点では2名が正しい
理性的に秩序に従った。

果たしてどちらが正しいのか。
どちらも人間の側面である。
どちらが欠けてもいけない。

例えば関東のスーパーの品薄状態の問題。
買いだめする人が本当に悪いのかは分からない。
家族の為、そして自分が生き延びるため、という本能が働いているのだから。
買いだめを控える人は倫理的には正しいと思うが、
しかしもしかしたらこの人は生き残れないかもしれない。
生き残るのは前者なのだ。
それがこれまでもそしてこれからも受け継がれているDNAなのだ。

この第二部に参加して、ふとそんなことが頭をよぎった。

そして、日曜日。

紺屋ギャラリーにて開催中だった映画上映会のアフタートークを聴講。
映画は「ベンダビリリ」。トークゲストは、ミュージシャンであり、アフリカで支援活動をしている、松永誠剛氏。
その話の中で、エイズ問題から難民キャンプの話になった。
南アフリカではエイズの蔓延が止められないで困っている。
それはなぜか。
エイズになった方がより良い生活保護を受けられるからだそうだ。
食料も薬も家も、まず最初にエイズ患者に与えられる。そのためみな進んでエイズになっていくのだという。
この現象は難民キャンプでも言えるそうだ。
難民キャンプで「最下層」と位置づけられたところが最優先支援対象となる。
そのため誰も最下層グループから抜け出ようとしないのだという。

このジレンマは本当に難しい
そこには制度のジレンマがあり、理性と本能のせめぎあいがある。

難民
そこには、人として、ということと、生きる、ということが両立し得ない世界があるのかもしれない

さて、その後、その足で佐賀へと向かった
佐賀市にて開催される「石山修武氏講演会」を聴講するためだ。

学生時代から書籍を読んだり、講演会を聴いたり、そして佐賀早稲田バウハウススクールに参加したりして、多少なりとも影響を受けた人だ。しかしここ数年は書籍もほとんど読んでおらず、講演会を聴くのも10年ぶりに近いぐらい久しぶりだった。

その講演内で、「難民」という言葉が出て来た。
それは、国内難民、の話だ。
中国では再開発やダム開発で年間300万人の国内難民が生まれているのだという。
これまでまったく日本に縁のなかった問題だが、今回の震災により、それに近い立ち場の人が何十万という規模で現れる、その時他の地域がどう取り組むのかが大変重要だ、という話だった。

前日のシンポジウム第3部でも震災のことに触れられ、「仮住まいの輪」という家を失った被災者と空き家を持つ家主をつなぐ活動の紹介があった。
素晴らしい取り組みだと思うが、一方でしかし、正直なんかどこか違和感も感じていた。

それが、
「共同体をつくる」ということが全体テーマのレクチャーの中で取り上げられた時
はっとさせられるものがあった。
被災者は、当たり前だが「人」だ。
そこには、「住まいを必要としている人」という面もあるが、それ以外の面ももちろんある。
そして住まいは、仮とはいえ、最低1年は住む。
つまり、とりあえず住むところを求める人、という認識はまずいのではないか。
その周辺地域も含め、そこで最低1年間暮らすのだ。
どうその人たちが地域に加わり、経済活動に参加し、暮らしていくのか。
そこまでも見据えた取り組みが必要なのではないだろうか。

とはいえ、落ち着く家が必要なのも事実。避難所生活には限界がある。悠長な事は言ってられない。

これもまたジレンマだ。

それにしても、日曜日の雨の中行くまいか悩んだが、思い切って講演会を聴きに行って本当に良かった。正直土曜日のフラストレーションが足を向かわせるエネルギーを与えてくれた。やはり人に怒りはある程度必要かもしれない。そういう意味では土曜日のことにも感謝をしないといけない。

ここ数年建築雑誌や建築書籍、講演会、集まりごと、などから遠ざかっていた。
雑誌は読んでもぴんとこないどころか、時には不愉快な気分にさえなる。
講演会なども、フラストレーションのみ得て帰ること多々だ。
あれだけ学生時代どっぷりつかり、毎月ほとんど全ての号を読み、その他出版されるたくさんの建築家に関する新書を読んで、都内である講演会やシンポジウムはほとんど逃さず行っていたのに、我ながら信じられない。今読んでいる本も建築とは直接的には関係の無いものばかりで、全然建築系の書籍に興味がわかずに正直悩んでさえいる。本当にこんなんで建築デザイナーと名乗っていいいのかと。

建築家の講演会も長らく聴きにいっていない
しかし、今回の石山氏の講演会は、聴きに行って、不愉快になるどころか、本当に勉強になったと実感できた。何より学生時代にどれだけ自分が意味も分からず聴いていたのかを痛感した。今も相変わらず理解できていないが、でも理解できていないということだけはなんとか分かる様にはなった。凡人にはそれだけでも大きい進歩だ。

まだまだ踏み込みも覚悟も勇気も足りていない。もちろん勉強も経験も足りないが、何よりも肝心なところが足りていない。どこかであぐらをかいていた自分がいたのだ。それは何よりもマズい。

もっと励まないといけない。精進しないといけない。自分の浅さ、愚かさを知らないといけない。

そういえば、当日、石山氏に今自分がやっていることに関する資料を幾つか渡せる機会があった。
今紺屋でやっているサマースクールは、佐賀早稲田バウハウススクールに影響を受けていることは絶対に否めない。始めた頃から、いつかどこか早いうちに報告する必要があると、勝手に、思っていた。
今回幸いにもその機会を得れた。

そしてその資料に対する返答がブログを通じてあった。
3月中 http://ishiyama.arch.waseda.ac.jp./www/jp/top.html
4月以降http://ishiyama.arch.waseda.ac.jp./www/jp/toppast/top1103.html

ー典型的な疑似民主主義。大事な主題が欠落している。ー

まだ自分にはこの言葉の本質さえ見えない。
ただ、何もかも見抜かれてしまっていることだけは分かる。