13の顔を持つ男・伊丹十三

今年の連休は地味に四国に行きました。
それも別府からフェリーで...。
4月29日に別府鉄輪の冨士やギャラリーというところで、ヴィオラの世界的奏者・川本嘉子さんのリサイタルがあり、それを楽しんだ翌早朝、5時半出発のフェリーで四国・八幡浜へ。
そこからJR四国で松山に行き、さらにバスで「伊丹十三記念館」にたどりつきました。
ほぼ5時間の移動です。

伊丹さんのお父さん、伊丹万作さんの出身地で伊丹さん自身が高校生時代を過ごした、松山。
夏目漱石の『坊っちゃん』の舞台としても有名な松山に伊丹十三記念館があります。
黒い平屋で落ち着いた建物の真ん中が明るい庭になっています。

建築家は住宅建築で有名な中村好文さん。
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伊丹さんを知っている人は少なくなってきたかもしれませんが、本当に多才(多彩)な人でした。
商業デザイナー、俳優、エッセイスト、TVマン、雑誌編集長、映画監督と興味のおもむくままに様々な分野の職業に分け入り、多彩な才能を発揮した人でした。
また、音楽愛好家、猫好き、乗り物マニア、料理通など、趣味人としても一流の見識を持っていたことは有名です。

私は伊丹さんの「ヨーロッパ退屈日記」を読んでスパゲティにアルデンテという湯がき方があること、カクテルのこだわり、フランス料理店には星があること、車はやっぱりヨーロッパ車がカッコいいとか知りました。
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「常設展示室」には、伊丹十三の足跡を具体的な資料でたどることができるよう、十三の名前にちなむ13のコーナーが設けてあります。
狭いスペースなのに、作品の並べ方やイラストの見せ方が凝っていて、見るのに1時間くらいはゆうにかかりました。

見終わって庭をぐるっと回ってベンチなどに腰掛けて、ゆっくり時間を過ごします。
そして小腹がすいたので併設された「カフェ・タンポポ」へ。
ここでは、記念館の形を模して作られたチョコレートケーキや人気のチーズケーキ、それに愛媛県特産のみかんのジュースがあります。
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伊丹さんがCMを手がけて有名になった「一六タルト」が作った十三饅頭がこれまた美味しかった!

壁には伊丹さんが描いた映画のポスターの原画や、お父さんの万作さんが伊丹さんが生まれたときに描いたという絵も展示されています。

カフェでお茶しているとスタッフの方が来られて、写真とコメントを記念館のホームページに掲載していいかと言われたので、喜んでOKしました。
5月6日金曜日から12日木曜日まで掲載されています→コチラ
ぜひのぞいてみてください。


→車は最後の愛車、意義深かったのベントレー。ウィリアム王子の結婚式もこれでした!
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アートの森の小さな巨人...と名付けられたハーブ&ドロシー

残念ながら3月18日で映画は終了してしまいましたが、もしチャンスがあればぜひご覧ください。
映画公式HP『ハーブ&ドロシー』
ニューヨークに住む普通の夫婦の話です
でも違っていたのは!
夫妻はものすごいアートコレクターだったのです!

ハーブ・ヴォーゲルは1922年生まれ、高校を中退して郵便局に勤めていました。
ドロシー・ヴォーゲルは1933年生まれ、大学院を卒業後、公立図書館に司書をしていました。

1962年に結婚し、それからハーブは夜学で美術を学びます。
ドロシーは特に美術には興味なかったのですが、ハーブの影響で猛烈に美術に詳しくなっていきました。

そして、二人がはじめたのがアートコレクションです。

ドロシーの給料を生活費に充て、ハーブの給料をすべて現代美術品を購入する費用に充てました。
1LDKのアパート住まいだったので、二人が決めたアート購入の約束は
①ハーブの給料で買えることと
②アパートに入ること
 
でした。
そこで、作品をミニマルアートとコンセプチュアルアートに絞ります。
ニューヨークである展覧会にはほとんどすべて足を運び、直接アーティストと交渉して購入します。

彼らが買いたいと思う作品の基準は「美しい・きれい」「気にいった」だけ。
展覧会の初日、客たちがワインなどを片手に語り合っている中、二人は真摯に作品を見て回ります。

そして40年の歳月をかけて集めた作品の数、4,782点。

購入した作家たちの顔ぶれは、
ドナルド・ジャッドクリストとジャンヌ・クロードリチャード・タトルチャック・クロース
など、今や世界的なアーティストたち。

こんなドラマチックな話は実話で、このドキュメンタリー映画を撮ったのが日本人の女性監督・佐々木芽生(めぐみ)さん。
夫妻のことはアメリカでは有名で、映画にしたいと申し出る監督やプロデューサーは数多くいたようですが、実現させたのは彼女だけでした。
撮影には4年間の歳月をかけたので、夫妻はすっかり監督を信頼していたようです。

ただ1場面、カメラが外に出されたことがありました。
それは、作家との値段交渉場面でした。
 
クリストのドローイングが欲しいとアトリエを訪れたら、あまりに高価で手が出なかったそうですが、後日、クリストのパートナーであるジャンヌが夫妻に電話してこう告げたとか。

「私たちは制作で家を長期間空けるけど、その間、猫を預かってくれたらドローイングを譲っても良いけど」と。

夫妻、大の猫好きで、もちろんすぐにOKの返事をして、クリストの有名な「ヴァレー・カーテン」(コロラド州ロッキー山脈の400メートルに及ぶカーテン)を手に入れたのです。

夫妻は収集したコレクションを1点もお金に換えることなく、1992年、コレクションのすべてをアメリカ国立美術館ナショナルギャラリーに寄贈することを決意しました。
1000点余りは同美術館の永久保存となり、残りは全米50州の美術館に50点ずつ寄贈したのです。

まるで、嘘のような本当の話。

アートとともに生きるって、地位やお金がなくとも可能だということをハーブ&ドロシーが教えてくれました。