泣いた赤鬼

わたしが高杉晋作を好きなのは

有名なはなしですが

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(in萩)





最近、井伊直弼が気になります。


井伊直弼は言わずと知れた

幕末の大名、彦根藩第15代目藩主です。


兄弟が多かった上に庶子であったことから、

養子の口も無く、1732歳までの15年間を

部屋住みとして過ごしました。

部屋住み・・・武士の次三男は養子の口がなければ

厄介ということで兄の世話になるのが基本。

大身の旗本や大名であればごくたまには分知ということで

所領の一部をわけてもらうこともありましたが、

これは江戸初期を除けばほとんど望めませんでした。

お世話になる、、、といっても、何の役にも立たない

ごみのような存在として目的意識もなく、

いざ兄が死んだときのためのスペアとして飼殺されて

(家をの血統を維持するため)、

兄に子供が生まれた瞬間、用済みで

哀れな人生のまま忘れ去られる。

社会に人を飼っておくだけの余裕がある生産力があり、

かつといっても嫡男以外に土地や資産を与えられるほどの

リソースがない土地で起きる現象。(インターネット情報)


自らを花の咲くことのない埋もれ木に例え

「埋木舎(うもれぎのや)」と名付けた邸宅で

世捨て人のように暮らしていたそうです。ううっ。

部屋住みの人は茶道や武道に勤しむのですが、

彼も和歌や鼓、禅、槍術、居合術など

風流に行きていた模様。(世捨て人・・?)


しかし、兄である第14代藩主の世継ぎが死去し

兄の養子という形で彦根藩の後継者に決定!!!

ここからじはじまる大 逆 転 劇 。


まぁ~巻き返しましたよね、15年を。

現代ならば『33歳からの逆転劇~僕が実権を握るまで~』

という著書の1冊や2冊、出版したでしょう。

藩では名君と呼ばれたそう。

そっからはまぁ、歴史の授業で知られている通りです。

安政の大獄で松陰先生を・・・ううっ。


そして桜田門外の変・・・となるのですが。

漢を殺し、漢に殺される人生って

酷く格好良いと思ってしまうのは

平和ボケしている証でしょう、、か。



逢うて別れて 別れて逢うて

泣くも笑うもあとやさき

末は野の風 秋の風

一期一会の別れかな







(都々逸おもしろい。どき)